刃物を研ぐと心が洗われる。人間を研ぐ砥石とは…
包丁を研ぎました。
甦るキレ味。
快感ですね。
鈍くなった刃が鋭利に。
何故か心が洗われたような、爽快感。
人を研ぐ砥石があれば…。そんなことを考えてみる。
森羅万象、その気になれば、感受性次第で何でも砥石になりうる。
とも思いますが、やはり、人の砥石は人でしょうか。
包丁と砥石、全く別の材質ですが、
人の場合は人を研ぐのも人。
同じ人間ではありますが自分にないものを相手が持っている、
あるいは相手にないものを自分が持っている、
そこをお互い刺激されて研ぎ合っている。
類友の仲間ってぬるいと感じることはありませんか?
*人脈がいかに多くてもすべてが親友というわけではない
人脈が多いのは結構だと思います。少ないよりいいでしょう。
特にビジネスでは多いにこしたことはないと思います。
しかしそれはすべてが親友ということではありませんよね。友でもない。
親友とは刃物と砥石の関係、と例えることができそうな気がします。
刺激し合い高めあえる存在。研ぎ合える者同志の関係。
メンターは自分よりも格上で一方的に何かを与えてくれる存在。
そうは言っても師匠が弟子に刺激されることもままあるようですね。
親友もメンターも無理に多くを求めることはないでしょう。
そもそも、そんなに簡単に出会うものでもありません。
関係を続けたくて媚を売ったり、自分の主義・主張を曲げたりすることは
全く必要ありません。
何か違うと感じたらすぐに距離をおく、あるいは切り捨てる。
そういう相手は研いでくれないし自分も砥石にはなれない。
男女の関係も刃物と砥石、そんな関係なら永く続くのかもしれません。
どちらが刃物、どちらが砥石と固定されたものではなく、それは随時変化します。
*鋏は刃が二枚、砥石とは三角関係?
鋏を研ぎます。
あたりまえのことですが包丁1本に刃は一枚。
包丁と砥石の関係で研ぎは決まります。
鋏は刃が二枚でできていますね。
二枚の刃の研ぎ加減、そこには対等の関係が求められます。
つまり、片方だけ研ぎすぎてもダメです。
さらに砥石。その三者の調和の関係で成り立ちます。
包丁を研げるようになれば鋏もそう難しいことではありません。
ただ、砥石に当てる角度が全く違います。
どちらにしても、感覚でつかみとるしかありません。
角度は何度でと言われても分度器で測りながらというわけにはいきません。
ちなみに砥石は20分くらい水につけてからと言われていますが
僕は常時水につけています。
研ぎたいと思ったときすぐに研げるようにです。
(それが正しいかどうかは調べていませんが…)
例えばトマトでも何でも切り始めてん?鈍いな、と感じたらその場で研げます。
ビジネスでも何でもトリオで、という場面もありますが、
そんな関係が築ける仲間ならうまくいくのでしょう。
*これは自分では研げない!という包丁に出会いました。
北海道出身の僕は成吉思汗(ジンギスカン)が大好物です。
先日ラムの冷凍、塊に出会いました。
即断で購入。
いざ成吉思汗のスタート!ですが大きすぎて全部解凍したら
一人ではとても食べ切れない。
カットすべく包丁。刃がたたず。
ノコギリをあててみましたが少しいけましたが朝になっちゃう。
ネットで調べました!普通にありました。
僕が知らなかっただけ。(恥)
それがこれです。
冷凍包丁!
試運転に凍ったグレープフルーツをカット。
なかなかイイ感じです。
いざ、肉へ。
ん~、カチコチに凍っているものはやや困難です。
少し解凍すればうまくいきます。
僕は何かに特化した器具や道具にフェチします。
ん~、しかしこの包丁は研げないようです。
刃がノコギリのようにギザギザなんですね。
切れなくなったら買い替えしかないのでしょう、きっと。
これを研いでくれる職人さんがいたら脱帽ですね。
◆ネットワークビジネスの組織増殖を「複利の効果」で理解する