伊能忠敬に学ぶ/偉業は「やり遂げる」ことでしか生まれない
よく質問されることに「わたしでもネットワークビジネスができそうですか?」
というものがあります。
この質問に対する答えは「誰でもできますが成功するかどうかはあなた次第です」
となります。
「できそう」ならやるし、そうでなければやらない?
できそうな事だけを選んでやるのはチャレンジに値しません。
現状を変えて希望の持てる未来を望むのであればできそうな事だけをしていても
進歩はないでしょう。
進歩がないということは、現状は何年たっても変わらないということです。
チャレンジは新体験の連続ですがそれらを一つひとつ乗り越えていくことが
進歩につながるのではないでしょうか。
どんな新体験が待っているのか、それはやってみないと分からないものですよね。
何事もだと思いますが選択はやるかやらないかのどちらかしかありません。
義理か何かでテキトウにやるとか少しやってみて上手くいきそうだったらやるというのでは、
やらないのと同じですし時間の無駄です。
やる以上は、やってみなければわからない、が、成功を成し遂げるまで諦めないぞ!
という覚悟が必要ですね。
これは決して上から目線ではなく私自身が日ごろから自分にも言い聞かせていることです。
ネットワークビジネスで成功できたら人生が変わるプチ偉業ですよね。
そこでここでは本物の偉業を成し遂げた伊能忠敬から何か学ぶものがありそうと思い
書いてみます。
*伊能忠敬:日本史上最も偉大な測量家、その偉業と生涯
1. はじめに
江戸時代後期、鎖国政策のもとにあった日本に、大きな変革をもたらした人物、
それが伊能忠敬です。
伊能忠敬は、50歳を過ぎてから天文学と測量学に目覚め、幕府の支援を受けて
全国各地を測量し、日本初の近代的な地図である「大日本沿海輿地全図(伊能図)」を作成しました。
50歳過ぎてというと、ケンタッキー・フライド・チキンのカーネルサンダースが思い浮かびます。
カーネルおじさんは事業で数々の失敗をして、65歳で始めたケンタッキー・フライド・チキンで
大成功したそうです。
さて伊能忠敬の業績は、単に地図を作ったことだけではありません。
当時の日本地図の精度を大幅に向上させ、後の殖産興業政策や鉄道網整備などに大きく貢献したのです。
2. 生涯
• 1745年(延享2年): 上総国佐原村(現在の千葉県香取市)で生まれる。
• 1779年(安永8年): 55歳で家督を譲り、隠居。
• 1780年(安永9年): 天文学者・高橋至時に師事し、天文学と測量学を学ぶ。
• 1791年(寛政3年): 最初の測量として、蝦夷地(現在の北海道)を測量。
• 1800年(寛政12年): 全国測量事業を開始。
• 1818年(文化15年): 73歳で病没。
3. 測量事業
伊能忠敬の測量事業は、1800年から1818年までの18年間、全国各地を歩き、
精密な角度と距離を測定するという、まさに根気のいる作業でした。
18年といえば小学校に入学して大学を卒業するまでの16年間より長いです。
ご本人の人生の4分の1という時間をつぎ込んだのです。
当時の日本には、統一された地図がなく、各藩ごとに作成された地図は精度が低く、
互いに整合性がありませんでした。
伊能忠敬は、天文学に基づいた測量方法を用いることで、高精度な地図を作成することに成功しました。
4. 測量方法
伊能忠敬が用いた主な測量方法は以下の通りです。
• 三角測量: 2つの地点から第三地点の角度を測定し、三角形を構成することで、距離を算出する方法。
• 経緯度測定: 天体の位置を測定することで、緯度と経度を算出する方法。
• 里程測定: 実際に歩いて距離を測定する方法。
これらの方法を組み合わせることで、高い精度で測量を行うことができました。
5. 大日本沿海輿地全図
伊能忠敬の測量成果をまとめたのが、「大日本沿海輿地全図(伊能図)」です。
この地図は、1821年に完成し、日本全国の海岸線や山脈、街道などを詳細に描いています。
当時としては画期的な精度を誇り、その後の日本の地図作成に大きな影響を与えました。
6. 影響
伊能忠敬の業績は、日本の近代化に大きく貢献しました。
• 正確な地図によって、土地の測量や開発が容易になり、殖産興業政策が推進されました。
• 鉄道網の整備にも、伊能図が大きく役立ちました。
• 西洋科学技術の導入にも、伊能忠敬の測量成果が貢献しました。
7. 評価
伊能忠敬は、日本史上最も偉大な測量家の一人として、現在でも高く評価されています。
彼の業績は、日本の歴史に大きな足跡を残しました。
8. まとめ
伊能忠敬は、50歳を過ぎてから新しいことに挑戦し、偉大な功績を残した人物です。
彼の強い意志と不屈の精神は、私たちに大きな勇気を与えてくれます。
*やってみなければわからないチャレンジだが諦めた瞬間にそれは終わる
伊能忠敬がこの仕事は18年で完遂できると予想して臨んだとは考えにくいですよね。
とにかくスタートして成し遂げてみたら18年かかっていたということではないでしょうか。
その長い間、人間ですから諦めかけたこともあったかもしれません。
しかし強い好奇心と探求心、使命感でそれを乗り越えて進んだことだと思います。
50歳を過ぎてからのチャレンジとは当時の平均寿命を想像すると、
とんでもない話だったのではないでしょうか。
常識にとらわれず、新しい知識や技術を積極的に学び、実践しようとする姿勢が
実に素晴らしいですよね。
見倣いたいものです。
どんな偉業を望もうとそれは途中で諦めればそこで終わりです。
当たり前といえばアタリマエすぎかもしれませんが偉業は成し遂げるまで続けなければ
成立しません。
18年かかるかどうかは別にしてネットワークビジネスも考え方・取り組み方は全く同じです。
*ネットワークビジネス成功の鍵は、やり遂げる心と環境にある
ネットワークビジネスは伊能忠敬のような未知の世界へのチャレンジとは違います。
すでに成功者が道を示してくれているのです。
とは言っても簡単なものではありません。
オンラインの在宅ビジネスでやり遂げる気持を阻害するものがあります。
それは孤独です。毎日毎日コツコツとパソコンの前で単調な作業を続けます。
その日やるかやらないかは全くあなたの自由なのです。
自由と言えば聞こえがいいですが実はこれがクセものですね。
やろうがやるまいが誰に咎められることもありませんから、ついそこに甘えが出やすいのです。
こんなことを言うと厳しい現実を突きつけられ、凄くつらそうだなぁという印象を持たれるかもしれません。
でも大丈夫、私たちの環境には多くの仲間がいるのです。
孤独でつらいだけのビジネスではやり遂げる心も折れそうになり続きませんよね。
そして仲間もいないたった一人の孤独な活動ではなかなか厳しいものがありますし学びもありません。
私たちのビジネス環境は集客の学びと実践、ダウンの教育、ダウンのフォローまでが
システム化されています。
そして特筆すべきはダウンの教育、ダウンのフォローはあなたひとりでするのではなく
教育システム、フォローシステムが担ってくれることです。
このお陰で私たちのチームは次々と結果を出し続けているのです。
どんな環境でネットワークビジネスをするのかということは成功に関わる重大な問題だと思っています。
成功を掴み取るには、やリ遂げる心とそれを維持できる環境が必要になります。
◆マルチレベルマーケティング(MLM)とシングルレベルマーケティング(SLM)